4年の月日を長いと取るか。それとも短いと取るか。山本隆弘にとっての4年間はどちらか。その答えは意外なものだった。
「短くもなければ、長くもない」
理由は簡単だ。
「いろいろなことを順調に乗り越えてきましたからね。順調に見えない時期もあるかもしれないし、自分でもそう思えなかった時期もあったけど、オリンピックを目指そうと思ってからは、そこに向けてすべてを積み重ねているだけだから順調。短くも長くもないです」
2003年のワールドカップで獲得したのは、最優秀選手賞と「エース」の称号。でも、オリンピック最終予選(以下、OQT)を終えた後、その称号は「栄誉」から「非難」へと変わった。
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「あの頃は、勝っても負けても僕のせい。精神的にしんどい部分もありましたね」
25歳だった青年は、29歳の成年になり、あのころを冷静に、穏やかに振り返る。そして、迷うことなく言う。
「昔のほうが確かに勢いはあったけれど、あれから経験も積んだし安定感もあると思う。今のほうがずっといいパフォーマンスを発揮できると思っています」
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山本だけでなく、スパイカーなら攻撃の際、誰もが相手ブロッカーと対峙する。しかし、「壁」をどう捉えるかは人によって違う。たとえばスピードを武器にする細川延由(NECブルーロケッツ)の場合はこうだ。
「ブロッカーの形は見えない。人のいない場合が白く見えて、ブロッカーやネットやレシーバーが黒。だから『ブロックを見て打つ』というのではなくて、『白いところに打つ』というイメージでスパイクを打っている」
では山本の場合はどうか。
「ブロッカーを見てどこに跳んでいるか、レシーバーがどこにいるかを見て打つ。調子の善し悪しによって微妙な感覚の違いはあるけど、ジャンプをして、ブロックもレシーブも見えたうえでスパイクを打つ」
高さと速さ。タイプの違う2人だからこそ生じる差。「ブロッカーはぼんやり見えるだけで、顔がみえるようなことはない」細川に対し、山本は「ブロッカーがしっかり見えるときは、どちら(のコース)を締めようとしているかも見えるし、はっきり顔も見える」と言う。スパイクを打つときに、相手ブロッカーの目が見えることなど、山本にとって不思議なことではない。
今では。
初めて「ブロッカーの目」を見たのは4年前。OQTでの中国戦だった。
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当時、チームを率いた田中幹保監督も“前半の3戦が鍵になる”と明言していた。初戦でアルジェリアに勝利し、第2戦は中国。対戦成績は悪くない。しかし“アジア勢の中で最大のライバルになると思っていた”韓国が、初戦で中国に敗れた。日本と中国、1試合を終えて同じ1勝とはいえ、「韓国に勝った勢いは見ているだけで感じられた。ここで当たるのは嫌だな、と正直思いました」
そしてその予感は、間違いではなかった。
第1セットのジュースを制したのは中国。その後は日本、中国、日本と互いにセットを取り合い、迎えた最終セット。まずは日本が主導権を握る。山本のスパイクに加え、甲斐祐之(豊田合成トレフェルサ)のブロックで4−1と、15点先取の最終セットでは安全圏に近い3点のリードを得る。 |

しかし、安全は完全ではない。突き放したい中盤、徐々に本来のリズムを取り戻した中国が怒とうの反撃を開始し、14−14。第1セットに続いて、勝敗の行方はジュースへ突入した。日本の司令塔・宇佐美大輔(パナソニックパンサーズ)は、ボールを山本に集める。後に宇佐美は、当時の心境を「攻撃の選択肢はいくつもあったかもしれない。でもあの場面では、隆弘以外に考えられなかったし、隆弘に決めてほしかった」と吐露した。そして、山本自身も“エース”がすべき役割は何か。十分にわかっていた。
「自分が決めなければ、このチームは負けると思っていた」
確かに山本は奮闘した。しかし、最後のボールが集まるエースを、敵も逃がすわけにはいかない。16−17、中国4回目のマッチポイント。バックライトの山本へトスが上がる。
ブロックで対峙する張翔の目が見えたのは、そのときだった。
「そこまで何年もバレー人生があったのに、ブロッカーの目が見えたのはあのときが初めてだった。一瞬、何が起きたのかわからなくなってしまった」
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山本隆弘選手は何王子!?
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身長/200センチ 体重/90キロ
ポジション/ウィングスパイカー
最高到達点/345センチ(スパイク)
331センチ(ブロック)
誕生日/1978年7月12日
出身地/鳥取県鳥取市
出身校/鳥取商高→日本体大
コートネーム/タカヒロ
血液型/B
全日本代表歴/2001〜04、06〜07年
世代別大会出場歴/94年アジアユース選手権(2位)、95年世界ユース選手権(3位)、96年アジアジュニア選手権(3位)、97年アジアジュニア選手権(3位)、99年ユニバーシアード(2位)
三大大会出場歴/02年世界選手権、03年ワールドカップ、06年世界選手権 |


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