

――2007年も打率は常に上位をキープしましたね。
「そうですね。それなりにいい結果は残せたと思っています。自分の成績はね。ただチームとしてはあまりよくないので…」
――自身の成績と、チームの成績がかみ合わない。その中で、自分自身、どこにウエートをおいてプレーしていたのでしょう。
「9月に入ってからは、チームの優勝もなくなり、自分の成績を考えたときにタイトルをとれる位置にいる。その獲得が後半戦の僕のモチベーションでした。そうしないとやる気を起こさせるものがなくなる。きっかけというかね」
――気持ちの切り替えが難しいところですね。
「僕らはプロの選手ですから、自分のやるべきことをやって、それがチームとしてまとまればいい。チームとしての方向性だけは間違っていなければね。試合に勝つために、どんなときでも集中力をもって試合に臨んで一生懸命やる。自分もいい成績を残す。そういう考えでいいと思うんです」
――その集中力が、ゆくゆくはタイトルに結びついてくるんですね。
「そうですね。もちろん、勝つことが大前提。でも、野球選手として、個人的にも欲しいタイトルではありますからね」 |

――2007シーズン、コンスタントに成績を残せたのは、何がよかったんでしょう。
「振り返れば、前半、4月の段階は相当うまくいったんですね。でも、5月に入ってダイビングキャッチで首を痛めて。そこから調子を落として自分のスイングができていない日も正直あったんです。その中で、この結果を残しているのは、それなりに頑張った結果だと思います」
――自分のスイングができていないのに、結果を残せたのは?
「シーズンを通して何が起こるかわからない。いろんな故障はありますから。それをうまくリカバリーすることも大事なこと。それができたからだと思いますね」
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――ケガとうまく付き合うということですね。“うまく切り替えてその日その日をいかにうまくやっていくか”と、話していました。切り替えてできたからの成績なのでしょうか。
「そうですね。自分でもそう思います。自分なりにもいろいろ考えながら結果を残してきたと思うんです。それは大きいですね。でも、もう少しケガをしない体を作りたかったなって思っていますね」
――2006年の8、9月と違う?
「違いますね。2006年は、開幕前にWBCに出場してキャンプの時点であまり練習ができなかったというのが正直な感想でした。実戦もないままシーズンに入ってしまい、成績が落ちたときに、どうしても自分が帰るところがない。土台がしっかりしていないから、崩れ始めるとモロかった。そんな印象が強かったので、ものすごい不安を抱えた中でのシーズンだったんです。実際、調子が落ちたときの気持ちも不安定でしたからね。でも、2007年はある程度練習ができて臨んだシーズン。もちろん、不安はあったけど、2006年ほどじゃなかった。これだけやった、という充実感もありました」
――自主トレ、キャンプで1日、1000本スイングをしたことに帰るんですね。
「そうですね。振る力がついた。まさにその通りです。練習量と、経験ですね」
――経験?
「飲み込みの早さは個人差があると思うんです。僕の場合はわりかし早く慣れるっていうか。そのスピードが速い気がするんです。さらに、この4年間の1軍での経験。これが大きいですね」
――1試合、必ず1本でもヒットを打つ。その安定感は、試合中、1打席、1打席で修正できる能力を持っているから?
「自分で打席に立ったときに、なんとなくこんな感じかな〜って思ってやって。違うと、次の打席でまた試してみる。本当はあまりやりたくないんですけどね」
――本当は、これというものを貫きたい?
「見つけたいんですけど、まだまだそういうところまでいきついていないですね」
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| 1982年1月5日、宮崎県生まれ。175センチ、77キロ。右投左打。A型。日向高から早稲田大学を経て03年ドラフト4巡目で入団。07年はセ・リーグの首位打者に輝き、ゴールデングラブ賞も受賞した。 |


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